大会長挨拶
唐突な話ですが、日本人の祖先である縄文人にとって、自然の中で生きていくのに自身の体力が頼みの綱であったことでしょう。1967年に縄文の集落跡である洞爺湖町入江貝塚から出土した大人の人骨は、頭の大きさに比べて手足の骨が極端に細いため、ポリオに罹患していたようです。他の地域でも同様の状態を示す人骨が出土しています。縄文人は重い障害がある寝たきりの子供が大人になるまで、育児や介護をしていたことになります。2016年に国の史跡に指定された約8000年前の国内最古の湿地性貝塚である佐賀市東名(ひがしみょう)遺跡からは、精巧な技術による740点の編みかご等の高い生活水準を示す遺物が見つかりました。縄文人は、約1万6500年前から約3000年前まで北海道から沖縄にかけて縄文文化を育みながら生活を営み、出土した人骨等から戦闘行為がなく、障害や疾病のある人を守りながら平和な生活を送っていたことが窺えます。
604年に聖徳太子が制定した17条の憲法第1条には「和をもって貴しと為し…」と書かれています。縄文人の生き方が日本人の大切な精神になったと言えます。聖徳太子は児童養護施設にあたる悲田院、薬局にあたる施薬院、病院にあたる療病院、カウンセリングをする敬田院を設立しました。それ以降、制度を変えたり改善したりしながら今日に至っています。先人達の人々を守ったり、和を大切にしたりする営みの積み重ねが、現在の人々の健やかな生活やそれを守る医療・保健・リハビリ・スポーツ・福祉・教育・保育等の各専門領域の発展に繋がっています。これらを可能にしたのは、人々に身体の発揮し得る能力の総称とされている体力が備わっていたからと言えます。
日本体力医学会では、体力科学、スポーツ医学、運動生理学、バイオメカニクス、健康科学等、体力を広く捉えて研究成果を発信し、研究は高い水準に達しています。現在、得られた研究成果をより多くの人の生活に役立つような取り組みが求められています。私も新型コロナ感染拡大前までの約14年間、佐賀大学本庄キャンパスの体育館で、発達障害のある子供達に運動を中心とする自由遊びができる場を提供してきました。子供達は興味や関心のある遊びに熱中し、学生トレーナーや他児とのコミュニケーションが増え、一緒に遊ぶ友達もできました。さらに、その日は熱中した遊びが話題となる楽しい団欒になることもわかりました。体力を活用した取り組みが多くなされるようになれば、笑顔に満ち溢れた社会になっていくことでしょう。
第78回日本体力医学会のテーマは「あなたと体力」としました。参加者が人々の健やかな生活を支援する多様な領域において、様々な視点から体力に関する知見がどのように貢献できるのかを考える学会を目指すためです。佐賀大会が、人々のさらなる健康増進と豊かな生活に寄与できる活発な意見交換の場になることを願っています。